2014年6月12日木曜日

益子だより(1)


 益子で暮らして早20年。益子へ来たら、まずどこへ行ったらいいですかとよく尋ねられます。そんなときにおすすめするのが益子参考館です。

 濱田庄司という陶芸家をご存じでしょうか。益子がやきものの町として名を馳せているのは、濱田庄司がこの地で創作活動に励み、日々の暮らしをしていたことに始まります。その濱田庄司が収集した陶磁器、木工、金工、家具、染織といった世界の工芸品を展示しているのが益子参考館です。1年を通して季節の花木を楽しめる庭や、県内外から移築された長屋門や民家が醸し出す心和む空間が、訪れる私たちを迎えてくれます。

 今年は濱田庄司生誕120周年にあたり、さまざまな記念企画が催されています。

 先日は、「三花人 濱田庄司に挑む」と題して、3人の花人が、貴重な所蔵品からくじ引き順に花器を選び、館内のあらゆるところで花を生け、観客の投票によって勝者が決まる通称・花生けバトルが繰り広げられました。

 また今月21日には、濱田蒐集の一つであるグレゴリオ聖歌譜の再演とクラヴィコード(1618世紀ヨーロッパの鍵盤楽器)の演奏が聞ける会が催されるそうです。

 来年には、震災による崩壊から再建された登り窯の窯焚きが予定されています。

 ひそかに人気なのは、「濵T」と呼ばれて親しまれているTシャツです。今春の発売で第3弾を数えました。デザインがよいので、多くの陶芸家や益子通が愛用しています。

 これからも、ときどきこの場をお借りして、益子のいろいろをご紹介していけたらと思っています。ではまた。


          *写真は記念すべき第1期「濵T」。
 
                                  
広報部  ちゃわん(ハンドル・ネーム)
 

支援センター総会


 先日までの暑さがうそのような梅雨寒の土曜日、2014年度チャイルドライン支援センター通常総会が開催されました。

 場所は早稲田大学 文学芸術院33号館 第一会議室

 学生に交じってちょっと異質な私たちでしたが? 広々とした会場をお借りして全国から集まったチャイルドライン関係者が熱い議論を交わしました。

 競輪からの補助金を得ての子どもの声の調査について清川元代表理事から調査サンプルの選定方法について質問が出たのを皮切りに様々な質問、意見が出て、4時間という予定時間が足りないほどの総会となりました。

 それから、今年度より不肖、私(松江)が支援センター理事をお受けすることになりました。

全国の皆様のご意見をお聴きして、とんでもないことを引き受けてしまったと、かなりビビっております・・・。

 チャイルドラインとちぎの活動だけでも手一杯なのに。

 はたして支援センター理事として役目が果たせるのか?

 ネガティブなことを申し上げて申し訳ありませんが、正直な感想です。しかしながらお受けしてしまった?からには誠心誠意頑張らせていただこうと考えております。

 

 そして、総会終了後、理事会が行われました。

 新理事が10名中5名と半数を占めることとなり、自己紹介後、組織について話し合いました。

 常務理事会を置くべきか否か。なかなか結論が出ず、あっという間に2時間が経過。

会議は短くあってほしいものですが、難しさを実感しました。

 とりあえずは、支援センターの3事業、1.チャイルドライン事業、2.調査研究事業、3.アドヴォカシー事業のいずれかを選び、理事としての活動にまい進するわけですが、まずもって、自分に何ができるか、何が向いているかいまだ決定できておらず・・。次回71日の理事会までには考えをまとめなければなりません。

 

 その後の歓送迎会では、全理事の山本さん、榎さん、事務局の皆様と楽しい時間を持ち和気藹々と過ごしました。

 本当にお疲れ様でした!

 

 甚だ頼りなく、しかも個人的なことばかりの文章でごめんなさい。総会を終えての雑感でございました。

                               松江 比佐子

2014年6月1日日曜日

イギリスのリテラシー教育(3)

 ではなぜイギリスではこのような教育が、国をあげて行われているのでしょうか。  
 発端は、1930年代に遡ります。

 産業革命により工業が自動化され(いわゆるオートメーションですね)、省力化の恩恵を受け、生活に余裕がでてきた当時のイギリスでは、様々な大衆メディアが出現し、いわゆる「俗悪・有害」なメディアが蔓延していました。
 一方、格調高い英文学など教養文化は衰退の一途をたどっていました。

 そんな中、FR.リーヴィスという評論家が「高尚な文化と低俗な文化を見分ける目を教育すべき」と主張したのです(今ではこの主張には問題点が指摘されています)。これが今日のメディア教育の原点であると言われています。つまり、元はと言えば、大衆文化を批判するための教育だったわけですね。

 第2次世界大戦中は、A.ヒトラーの情報操作やプロパガンダから真実を見分ける目を持つことが求められました。  

 その後、1960年代に、生まれたときから大衆文化が身近にあった若者が教鞭をとるようになります。そのような教師たちから大衆文化を一方的に悪と決めつけることへの慣習に疑問が生まれ、それが大衆文化の研究へつながります。

 1980年代に、この大衆文化研究と1930年代から続くメディア教育の流れが統合され、現在のメディア教育の基盤ができあがったということです。

 このへんのことは、Wikipediaと以下の書籍の解説を簡単に(本当に簡単に)まとめたものです。興味のある方は読んでみてくださいね。
 

デジタル社会のリテラシー「学びのコミュニティをデザインする」

                      山内祐平:著   岩波書店 



イギリスのリテラシー教育(2)

 情報リテラシーとメディア・リテラシーは基本的には対象が違うのですが、その考え方は同じであり重なる領域もあるので、並んで話題にされることがあります。

 ここではまずメディア・リテラシーの話をしたいと思います。

 Wikipediaによると、

メディア・リテラシー(英: media literacy)とは、情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。「情報を評価・識別する能力」とも言え、中略メディア・リテラシーで取り扱われるメディアには、公的機関やマスメディア(新聞、テレビ、ラジオ等)を始め、映画、音楽、書籍や雑誌等の出版物、インターネット、広告等、様々なものがあり、口コミ(口頭やブログ等)や各種の芸術等も含まれることがある。

受信者の側に立つ人間には、発信された情報を受け取る際、「その情報は信頼できるかどうか」を判断することは無論のこと、どのような偏りがあるか、さらに一歩進めて、その情報を発信した側にはどのような意図・目的で情報を流したり、編集をしたか考え、各種の背景を読み取り、情報の取捨選択を行う能力が求められる。

 と説明されています。

 メディアには受信者・発信者がおり、それぞれにリテラシーが求められていますが、さしあたって必要な受信者側からのリテラシーについて考えてみたいと思います。

イギリスは、メディア・リテラシー教育の先進国とされています。(イギリスではメディア教育という言葉が使われています。

 1989年からナショナルカリキュラム(日本の学習指導要領のようなもの)で、おもに国語(この場合は英語ですね)の授業の中で小学校の段階から実践されるように指定されています。また学年が上がるにつれ、より高度な内容を学べるような教育体制が整えられています。